いのたま
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コラム(1)
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第1回★まずは、お金の話を2001/03/05

 数年前、10年来の友人が、重いうつ病にかかった。この友人は独身女性でフリーター。その少し前からアルバイトが長続きしなくなり、1、2カ月単位で採用→退職を繰り返しいた。
 まったく働けない状態になって、両親が近くの病院につれて行った時、彼女は26歳だった。再び働ける状態に戻るまで、かなりの時間がかかった。一年に数回、単発のアルバイトをするのが精一杯で、それ以上は体と心がついていかない。年収10万円か、それ以下の状態が3年以上続いた。
 親と同居だから食べるには困らないが、父親はすでに定年退職した身。週2000円の小遣いをくれるというが、「この年になって小遣いをもらうのは、やっぱり気がひける」と言った。
 常に親に気兼ねしている状態では、気が滅入って、治るものも治らなくなっているのではないか。そう考えていた頃、私は別件の取材で、総合病院の医療ソーシャルワーカーにインタビューした。取材を終えた後、私はソーシャルワーカーに、
「精神的な病気を持つ人に、何かこう、公的な補助はないものでしょうか。私の友人、困っているんです」
 と、訊ねてみた。すると、
「精神疾患が原因でお金に困る方、多いですね。軽い方以外は失業者か失業者予備軍と言ってもいい。そうなると、治療が長引くことが多いのね。お金の問題で追い詰められれば、誰でも強いストレスを感じるでしょう?」
「お金さえあればノープロブレム、とは言いませんけど、やはり必要ですよね」
「ぶっちゃけた話、病気の時こそ必要ですね。それに、精神的な病気にかかると、悪い方向に考えがちでしょう。不安で病状が悪化するケースも多いのね。少しでもお金があると、全然違うんだけど……お友達の病気が重いなら、障害年金が取れるかもしれませんね」
「障害年金? ああ、さっきの話で出ましたね。身体障害者は、若くても年金が下りるんですよね」
「精神障害でも受給できますよ。あとは手当とか……とりあえず、医療費を安く抑える制度を利用してみたらどうかしら。通院医療費公費負担制度、というの。窓口で払う自己負担が一回300円とか500円に減ります。この制度は精神科以外では使えないのよ。ある意味、精神疾患の特権ね」
 帰宅後、私は本棚から区の便利帳を引っ張り出した。今まで気づかなかったが、精神疾患でも使えそうな制度は案外多い。さらに詳しい資料を調べると、障害年金、通院医療費公費負担制度、健康保険の傷病手当金……雇用保険の傷病手当、手帳なんてのもあるじゃない。
 たとえば、健康保険の傷病手当金は、病気であれば給料の6割が最大一年半にわたって支給される。健保本人しか利用できないが、一年半の所得保障は大きい。
 障害年金は、病気のために社会生活や日常生活に支障が出ている人が対象。最低でも月5万円が、病気が良くならない限りは死ぬまでもらえる。
 手帳は、直接お金が下りるわけではないが、交通費が減免になったり、税制上の優遇措置が受けられる。そういえば、私の母親は寄る年波で足を悪くして、身体障害四級の手帳を持っている。四級では障害年金は下りないけど、手帳のおかげで交通費が安く済む、と言っていたな。
 制度に限っては、身体障害に近い待遇が受けられる。これは新鮮な驚きだった。
 私は自分がバカに思えてきた。少しは精神疾患の世界には詳しいつもりだったが、本当は何も知らなかったのだ。ごく身近で誰でも知っている健康保険や国民年金にほんの少し踏み込めば、メリットがごそごそ出てくるのに。
 精神疾患は差別される、偏見を持たれる、と世間では言われている。でも、制度をうまく利用すれば、案外、生きていけるのではないか。
 目からウロコが落ちたようだった。
 制度を利用するのは、ズルいどころか当然の権利だ。税金を払い、健康保険料を払い、自分が高齢者になった時はどうなってるかわからない年金保険料だって払ってきたのだから。
 この十数年間で、精神疾患をめぐる環境は少しずつだが良くなった。医療は進み、法律も、不充分ながら当事者の人権を考慮するよう改正された。偏見だって、以前より薄まった。ところが、不況が重くのしかかる。経済的な問題だけは、なかなか改善されない。むしろ悪くなっている感すらある。
 こんな時代だけに、制度をうまく活用することが大切だと思う。お金だけでは幸せになれないけど、お金なしではどうにもならない。病気のせいでビンボー生活一直線、お金の不安で症状が悪化する悪循環だけは避けたいし、避けてほしいと考えている。

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